こんにちは。
本日もブログをご覧いただき
本当にありがとうございます。

勝手に連載記事とみなし、
「自己紹介」をしております。笑
本日第3話です。

 

今回初めてブログにお越し下さった方は
よろしければ上記の記事を見ていただいてから本日の記事をご覧下さい。

 

自己紹介③

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<本音にフタをできなくなった出来事>

自分の仕事に疑問を持ちながら
本音にフタをして続けていた起業支援事業とともに
その頃から私には新しい仕事が任されるようになっていました。

それが、学生インターンの育成。

当時の私のように、
志高く世の中の問題解決に役立ちたい!と門戸をたたく学生の
フォローを行う仕事でした。

その中で、
今でも忘れられない、私の人生に転機を与えてくれた子が1人います。

詳細は割愛しますが、
3つ上の病気のお姉さんと比較されて
自分は親から愛されていないと思っている子でした。

自分に自信が持てなくて、

せめて世の中の役に立ちたい!
人の役に立つことで自分を肯定したい!

そんな想いを強く持って、
自分に厳しく、良い子を演じて、自分を追い立てるように生きている女の子でした。

その子が、震災支援のイベント(←そんな仕事も当時はやってました)で
東北から帰る新幹線の中、
意識をなくして痙攣を起こし、途中下車して仙台の救急病院に入院させることになったのです。

もちろん私も一緒に仙台で途中下車して救急車に乗り、病院まで付き添ったものの
当時の仙台は、ボランティアや建設業者がホテルを埋めきっており、
彼女を入院させた後、女一人、泊まれるホテルを探しても全然見つからない。

夜中の0時近くになり、
ノートPC片手にホテルを訪ね歩く私。
だんだん雨も降ってくるし…

後から考えたら、女子一人うろうろする私の姿はさながら
自殺願望を持った浮遊者のように見えたようです。(汗)
東京でいつも終電まで仕事をしている上司がネットで宿を探してくれたことで、
やっとこさ寝泊まり場所を見つけました。

大変だったのはその後で、
まだそのインターンの女の子は大学生で、そんな未成年の娘が緊急入院して仙台に一人でいるのに、
その子の親は
「お姉ちゃんのことでただでさえ大変なのにお前はこんな迷惑をかけて、もう帰ってくるな!」
と平気で電話で切り捨ててしまうような有り様。

私も当時まだ25歳、
親からそんなことを言われて涙を流す彼女を見て
私の方が心が辛くて、見ていられなくなり、
最後の方は、心身ともにわたしまで彼女と
一緒にボロボロになっていました。

そんなこんなで一週間の予期せぬ仙台滞在から東京に帰ってきたその日に、
たまたま縁あって心のことを学ぶセミナーを予約していたわたし、
そこで
「私たち人間の心は“過去の記憶”でできている」
ということを知る機会がありました。

そして
「心の仕組み=心の三層構造」のことを知るのです。

これは、
私たち人間の「心」と言われるものには
3つの層があり、

一番浅い部分が

「頭」

つまり、頭で「親に感謝しなさい」とか
「お金は大事にしないといけませんよ」というような
プラスとマイナスに分けられている
世の中の常識と言われるようなこと
観念といわれるようなものです。

この奥に、2層目
「潜在意識=過去の記憶」があります。
嬉しかったこと、楽しかったこと、悲しかったこと、辛かったこと…
生まれてから今まで経験してきた過去の記憶、
そして先祖代々から受け継いできた記憶、
後は、それを証明することはできませんが、前世や過去生と言われるようなものの記憶なども
全てこの中に蓄積されています。

この2層目の記憶は、普段は忘れている=無意識でいるものです。
ところが
その過去に経験したものと似たような出来事が起こると
その過去の記憶に準じた反応、ジャッジ、判断が
「あなたの中で起こる」のです。

これは例えば、
「私、心のことをやっているの」
というAさんが目の前に現れたとします。

それに対して昔、スピリチュアルにはまって変な方向にいった同級生がいたBさんという人がいたとしたら

Bさんは、その過去の記憶から、Aさんに対して

「心のこと?変な人…」

と条件反射のように思ってしまいます。

一方で、心のことを学んでいる方に悩みを相談して救われた経験(記憶)のあるCさんという人がいたとしたら、Cさんはその過去の体験から

「心のことを学んでいる人?きっと良い人に違いないわ!」

と思う。

Aさんという人は一人なのに、
対するBさん、Cさんの過去の記憶が違うことで
こんなにもAさんに対して両極端な印象が生まれるのです。

この説明を受けた時、
ボロボロなりにも私、はたと気づいたのです。

仙台で緊急入院したインターンの女の子が、親御さんから冷たい対応をされている姿を見て、私の心がこんなにも苦しくなるのは
彼女の苦しんでいる姿を目の前にして、
わたし自身の、「両親に、姉と比べて愛されなかった(と幼少期感じていた)」過去の記憶の蓋が開いて反応した結果なのだ、ということに。

わたし自身は、わたしが3歳〜5歳の頃、3つ年上の姉が小児がんになり、その後も、姉の片腕に障害が残ったことで
両親や周囲の気持ちや愛情のほとんどが健康な私よりも姉に注がれているように感じて大人になっていって

そんな想いも忘れたくて、仕事にのめり込んでいたものの、
今度はその仕事を通じて、こうして幼い頃、
がっちりとフタをして見ないようにしてきた想い(パンドラの箱)が開き、それが、あんなにも苦しかったのだ、と。

と、その事実に気づいただけなら、
なんかもう、救いようのない話ですよね。

「わかったはいいけど、このパンドラの箱が空いてしまったかのような、こころの苦しみは一体どうしたらいいのよ!」
という。。。

でも、話はそこで終わりませんでした。(パチパチパチ!)

先程、心の「三層構造」とお伝えしたように
いちばん表層の顕在意識(=価値観や頭、マインドの部分)、
そしてその奥の潜在意識(=記憶の眠っている部分)
そしてそのいちばん奥の三層目に

”もともとなんにも悩んでいない、苦しんでいることもない心”
”どんなに問題と思われる人でもけっして欠けていない、満月のようなこころが存在している”
ということ、
そしてそれこそが”本当の自分”なのだという話を知るのです。

そんな「心の仕組み」と「本当の自分」の存在を知ったことをきっかけに私の人生は
「思い通りの人生」どころか
「思いもよらない素晴らしい人生」へと
大きく舵を切っていくいくこととなるのですが、

長くなりましたので、続きはまた次回。

本日もおつきあいいただき
ありがとうございました!